母が口をつぐんだ日

帰省していたある日
私は、小さな頃から嫌だと思っていた母の言動に、初めて異論を唱えた。

割となんでも話せる関係で
母に対して嫌な感情などは特にない私でも
長年、澱のように溜まっていたものはあったのだ。


母は、家族の失敗談を何かあるたびに面白おかしく話題にしてきた。

それは母にとって
家族が笑うコミュニケーションの1つであり、団欒であり、思い出であった。

そしてそれは本当に些細なことで
大した失敗ではないのだけれど

私は悔しさや恥ずかしさでいつも嫌な気持ちになっていた。

話題が上がるたび、何度も心のどこかが潰される気分でもあった。

私は30歳もとうに過ぎ、
母も還暦を過ぎ
いつも通りの流れの中で

『お母さん、私、それ、嫌だ』と言った。

母は動揺したし
コミュニケーションのつもりだし、みんな笑っていたじゃん
と言ったけど

失敗をいつまでも嘲笑うようなコミュニケーション方法は間違っていると思うし、雰囲気を壊したくないから笑っていたけれど、本当はいつも嫌だったよ。
と伝えると


あ、そう。と終わった。


内心とても緊張したし
母を傷つけてしまったんじゃないかと
後悔したりもした。
母が私達を傷つけるつもりで言っているんじゃないということは、言われなくてもしっかりと感じていたから。


あれから数ヶ月。
帰省していても、母はそういう話題で笑いを誘う事は無くなった。

その話じゃなくても
話題は沢山あるのだ。

失敗談ではなくても
共有できる思い出はあるのだ。


勇気を出して言えて良かった。
あのままでは
私は母の事を嫌いになっていたかもしれない。
私は母を軽蔑するようになっていたかもしれない。


伝える努力もせず
母に改善の余地も与えずに。


伝える事で
嫌いにもならなかったし
軽蔑もしないし
わかってくれて良かった、
と安堵と母を好きな気持ちが広がった。

大切な人と、大切な関係を紡ぐ為には
きちんと伝える事がとても大切だと
改めて身にしみた。


母に嫌だと思っていることを伝えようと思っていたのは

嫌だと思っているけど言えずに
後戻りできない所まで行き
関係を終わらせてしまった人との失敗が生きている。


大切にしたいのなら
自分の境界線は明確に。

あなたを大切にしてくれる人は
嫌だと宣言したことを
わざわざ行いません。



私の失敗と成功が
誰かの暮らしに役立ちますように。
いつか、我が子達からも
良かれと思っていた事に
異論を唱えられたりするのだろう。

しかしそれは悲しい事ではなく
修正できるきっかけなのだ。

母の姿から学んだ日。

横山まい

自分自身が悩むより動き出すことで見えた世界が沢山あると知ったから あなたの踏み出す一歩を応援したい♡ 気づきコンサルで、あなたの願った人生を歩むお手伝いをします!

0コメント

  • 1000 / 1000